silossowski

こんにちはシロソウスキー

短歌20首連作  日高屋でラ・餃・チャセットをはじめて食べました

日高屋でラ・餃・チャセットをはじめて食べました
シロソウスキー


理科室のように静かな日高屋でラーメンを待つ気まずいふたり

っていう、短歌を作りダメ出しを食らった。しかも日高屋さんで

「その通りだよな」と思うことばかり言われてお地蔵様になりそう

意識だけメニューに移す。だがしかし優柔不断で決まらないんだ

決断をできないことは昔から。可能性だけ無限に残す

セックスと同じぐらいに恥ずかしい「ラ・餃・チャセット」声にするのは

声にするのは恥ずかしい。けどスッと復唱される「ラ・餃・チャセット」

おずおずとモリモリサービス券を出すわたしをきれいにさばく店員

味玉が半額になる。ならそれをくださいと言う その日の天使

大盛りにできないラ・餃・チャ そのような頑固ささえも愛だと思う

中野区にふたつしかない日高屋はサンモール店・沼袋店

大宮は日高屋ばかりあちこちにあって立ち飲み業態もある

日高屋は関東圏にしかなくて、話題を共有するとき注意

中華屋のなかではわりとオーダーが出るのが遅いほうだ 水飲む

グリーンの模様がすごい。食欲を減退させる皿だと思う

はじめてのラ・餃・チャセット食べてみる もう戻れない知らない頃に

はじめてのラ・餃・チャセット食べおわる 積み重なっていくね 東京

いろいろな意見があれどわたくしはわりとおいしい店だと思う

日高屋の使い方にも男気があふれるような人になりたい

ふたりなら二枚もらえてすばらしい。モリモリサービス券を受け取る

2018年よかったもの

わたしも(多くのブロガーがやるように)2018年よかったものを振り返ってみたいと思います。

山川藍『いらっしゃい』

欲しい歌集いっぱい出て、これはさすがにぜんぶは買いきれないな。一冊2000円ぐらいするし。歌集ってこんなに頻繁に出るものなのか。などと思っていたら、2018年は歌集の当たり年だったと誰か歌人ツイッターだったか言っていたような気がするので、実際2018年は魅力的な歌集がいっぱい出た年だったぽいようです。

わたしも買ったり図書館で借りたりできる範囲で読んだんだけど、2018年のベスト歌集は山川藍の『いらっしゃい』だったなあと思います。良すぎて人に買い与えたりしました。

とにかくパワーがあるというか、結句でドカンと来るというか、まず一読してただただおもしろいし、職場について詠まれた作品などは、共感できる人も多いのではないでしょうか(共感が短歌の良さの全てではないですが)。読めば読むほど批評性もあるかと思います。 一部の作品を引用します。

なんだあのカップル十五分もおる「あーん」じゃないよ あとで真似しよ
火葬場へ向かう猫入りダンボール「糸こんにゃく」とあり声に出す
「天国に行くよと兄が猫に言う」 無職は本当に黙ってて

ちなみにこの歌集を買うきっかけになったのは、歌人のユキノ進さんの書評を読んだことだったのですが、ユキノ進さんにちょうど昨日参加した歌会の際にお会いできて、いろいろお話できたので、とてもよかったです。ちなみにこの書評記事では昨年の「よかったもの」で取りあげた歌集、虫武一俊の『羽虫群』も取りあげられていますね。

withnews.jp

ちなみにこの『いらっしゃい』に出てくる「無職の兄」もツイッターで見たことある人だったので、驚きがありました。

良い話。

クラフトビール

クラフトビールにハマりました。

クラフトビールそのものは以前から好きではあったのだけれど、たまにいいビール屋さんに行って飲むぐらいのものだったのですが、缶のクラフトビールもいいもんだなあと思いつつ、たまに買って飲むようになりました。

まれに特売のとき、一本200円ぐらいで売られていることがあるので、「つぎ200円ぐらいで売られているのを見たときは、ぜったい1ケース買おう。ためらいもなく買おう。」と思っていたら、Amazonにまじですごい安さでクラフトビールが売られていて吃驚しました。1ケース3600円でした。一本換算しても150円。発泡酒並みの値段じゃないのよ。オラホビールっていう長野県の蔵(「蔵」でいいのかな)が醸造している「スラッシュラガー」というビールでした。おそらく在庫処分的に投げ売りしていたのでしょう。

で、実際届いて飲んでみたら、うまいのなんの。強い苦味と、少しもくどくないのどごし。鼻に抜ける森林のような爽やかな香り。仕事が終わると、寄り道せずに家までまっすぐ帰り、スラッシュラガーを飲むのが楽しみなりました。生活が豊かになるって、こういうことだったんだなと思いました。

さすがに3600円で売られている機会はそうそうないのですが、それでもAmazonを見ていると、やはりたまにセール価格1ケース5000円程度で売られていることがチョコチョコあるので、見つけては買うようになりました。

家にうまいビールが常備されている生活、正解です。

水府自慢10号 純米

わりと近所に「味のマチダヤ」っていう(美味しんぼとかにも出たことがある)有名な酒店があることが判明し、よく買いに行くようになっています。マチダヤでは、それこそプレミア価格で出回っているような酒や焼酎などが定価で扱われており、ごきげんです。

そこで買ってみた水府自慢10号 純米がわたしのなかのベストヒットとなりました。

わたしは辛口の酒より、中口でうまみがある、酸味が強すぎず甘みもくどくない、バランスのいい味が好きなのですが、水府自慢は本当にバランスが良く、酸味もきつくなくて、とにかくうまい。「いい酒は水に似る」などと言いますが、それを実感させられる仕上がりでスルスルと飲めてしまいます。

購入時はレジの人に「ぜひ燗でも飲んでみてください」と言われたのだけど、うますぎて燗つける時間待てずに冷たい状態で飲んでしまう…。燗にして飲んだこともあって、やっぱうまいのだけども…。

価格も一升2400円ぐらいで、価格と味の比で考えると、本当に超絶やばいコストパフォーマンスだと思います(コストパフォーマンスということばはキライなのだけど、それでも)。ギリギリ日常酒として扱える価格だ。

さいきんはシーズンオフなのか品切れが続いているようだけど、また飲みたい。

ちろり & 電気ケトル

ちろりを買いました。酒燗器です。

とくにこだわりはなくて、そのときAmazonで最安だったアルミ製のものを買いまして、湯を沸かした電気ケトルに酒を入れたちろりを入れておくだけで、燗酒ができます。便利ですね。

それに、(先ほど挙げたような水府自慢だとか、マチダヤで買うような)いい酒をレンジで温めるのも抵抗あるんですよね。過剰に温まりすぎることも少なくないし、味が悪くなりそう。白鶴まるとか菊正ピンとか清州城信長 鬼ころし とかならべつにレンジでいいけども。

ちろりがでんきぽっとにつっこまれている
ちろりがでんきぽっとにつっこまれている

本当に熱伝導がよくて、「えっ、湯につけてただけでこんな温まるの!????」みたいになります。Amazonのレビューには、淹れたてで熱いコーヒーを氷入れたボウルにセットしたちろりに入れて、冷やしコーヒーにして飲んでいるという人もいました。なるほど。

これで飲酒ライフが豊かになったというわけですが、飲酒は味を楽しんでやるべきで、アル中になると、酔えれば何でもいいという感じで、トップバリュの甲類焼酎とかに走ったりしますが(していましたが)、やはりこうやって楽しんで丁寧に味わうことで、アル中から遠ざかることができるというものです。生活が丁寧になっていく。丁寧 丁寧。丁寧。

Amazon CAPTCHA

小さいボトルの醤油

いままで業務スーパーやら西友でいちばん安くて容量のある醤油ばかり買っていたのですが、一人暮らしだとどうしても消費するスピードが遅くて、味が劣化してしまうのが悩みの種だったのです。

そこで、容量の小さい醤油買えばいいんじゃね?????? みたいな気づきを得て、そのようにしました。

西友のしょうゆ売り場を改めて見てみると、本当にいろんな種類のしょうゆが売ってあります。いままでいちばん安いやつしか見てなかったから、本当に気づいてなかった。

昆布入り、火入れ、フレッシュなどよくわかんないけどいろいろとあり、お花畑という感じで、選ぶのも楽しいのですが、その中からとくにうまそうさが強いラベルのものを選び買いまして、いい感じです。冬はお鍋つくるときのだし汁を作るのにしょうゆを使うのもあり、減りが思ったよりもはやい。

キッコーマン超特選極旨しょうゆ

今後は九州の甘い醤油も買ってみたいですね。

プラカップにネギ入れとく

刻んだねぎをどうやって保存するかという問題があり、いぜんはナイロン袋に入れていたのですが、刻んだねぎみたいな細かいものの保管にはどうも向いていないような感じがしていて、ならばタッパーに入れておけばいいのかと思ったけど、ねぎ入れてたタッパー洗うのだるいな。におい移りそうだし。と思っていたところ、ピクニックとかで使うプラカップに入れて保管すればいいんじゃね? 使い終わったらそのまま捨てられるし。と思ったのでそのようにしました。

ねぎ

とはいえプラカップは容量そこまででかくないので、家族とかの場合は対応しづらいかもしれませんが、まあ容器捨てられる前提で運用できるのはいい。

でかいバンスクリップ

前提として、わたしは髪が長いです。みぞおちぐらいまで髪あります。

温泉行こうとなったときに、髪をまとめてないと、湯船に髪がついて、相撲取りが稽古の後に行水しているときみたいな感じになって、見苦しいです(フワーッて髪が湯船で広がるんですよね。なんか死体ぽくてきもい)。

で、でかいバンスクリップ買ってみたんだけど、これがまじで便利。 洗顔するときとか、髪をまとめて留めておけば邪魔にならない。ヘアゴムとかシュシュで留めるよりも頭皮にストレスがなくて、頭痛くなったりしない。

なんか謎の100円ショップで買ったでかいバンスクリップ

バンスクリップはでかければでかいほど良く、100円ショップとかでも、いい感じのでかさのバンスクリップが置かれているとは限らず、いま愛用しているものは、なんかあんまり見ないチェーンで売ってあるものを買ったので、また買い直したり、人に勧めたりするときにむずかしいかもしれない。


よかったものは以上です。来年はもっといい年にしような。

コラム:エスカレート

小学生のころ、長崎で「精霊流し」というお盆の行事に参加したのだけど、その静謐たる名称のイメージとは裏腹に荒々しいイベントで、その年に人が亡くなった家族親族総出で、死者の霊を乗せたきらびやかな「精霊船」を曳いて練り歩きつつ、爆竹をドリンクバー感覚で鳴らし、最終的にはその精霊船を街の中心部にある広い交差点まで曳いていくと、船を高速回転させるというわけのわからんもので、終了後は全員が何らかの受傷をしていがちです。

この行事では爆竹が特に重要というか、行事の象徴のようなもので、「爆竹がないと始まらない!」みたいな雰囲気があって、それこそお店が仕入れるようなダンボール数ケースとかを事前に用意して、もういつでも爆竹鳴らし放題の状態にしてある感じです。

で、最初はみんな爆竹を恐る恐る1個づつ点火しては破裂させて「ヒエッ!」みたいな感じになっているのですが、爆竹の音にも破裂の衝撃にも慣れはじめ(ていうか相次ぐ破裂に耳と感覚が遠くなってきて)平気で3個同時点火とかしはじめて、プリングルスでいうと半分辺りまできたころにやりはじめるような食べ方をしはじめるわけです。

プリングルスならば食べ終わったり、容器側面に書いてあるアメリカンなカロリー表示を見たりして、ストップがかかるわけなんだけど、爆竹はケース単位で買ってあるので、ストップがかかる気配がありません。3個同時点火から5個同時点火、12個同時点火とかやってるうちに、ついには「1箱同時点火」とかも普通になってくるどころか、1箱同時でないと物足りなさすら感じてきます。あなた、ちりめんじゃこを1匹1匹大事に食べたりしますか? てなもんです。

そんで精霊流しはクライマックスへ。精霊船は町内の中心部にある広い交差点へと曳かれていき、そこで女子供は船から遠ざけられ、男たちが船の両端の側面に手をかけます。そこから船はグルングルンと高速回転。これ大丈夫なのかと思わなくもないけど(と思っていたら、実際に歴史学者や警察などからは「行儀のわるい行為」「危険な行為」として否定的に見られているようですね)、爆竹でガンギマリになった参加者たちにとっては、やはりこれがあってこその行事という感じになるのです。実際その場にいたわたしは脳汁が出て、「すごーい」みたいになっていました。

そしてクライマックスなので、数ケース買った爆竹もここで使い切りたい(ここで使い切らないと確実に余る)気持ちにもなるし、もう、ダンボールごと引火させたりすることとなります。それも1ケースとかじゃなく、数ケース積まれた状態で。

男たちが船を高速回転させる横で、ものすごい閃光と爆音をあげるケース単位の爆竹。そのときわたしは耳栓をして、さらにこの行事に数時間参加してすっかりバカになっていた耳を、さらに両手で塞いで、それでも防ぎきれなくて耳に痛みを感じるレベルのヴォリュームを感じました。あれを上回るでかい音、30数年生きてきていまだに聞いていない。

この爆竹みたいに、脳汁次第では完全に常識はずれのところまでエスカレートしてしまったりするから、気をつけようね。という話でした。

(小学生当時に長崎で体験した精霊流しの思い出をもとに書いています。古い記憶ですので、事実誤認などあったらごめんなさい)

半夏生の会一周年しました

去年の7月にひっそりとはじめた短歌サークル、「半夏生の会」が一周年を迎えました。

あまなつさんの、「なにか創作活動したいですね」という話に、「短歌なら自分もやりますけど、どうですか」みたいな返答をしたところから始まったサークルです。

当初は、ふたりでお互いの短歌を鑑賞し合う会といった感じでしたが、次第にメンバーを増やしていって、いまに至ります。あまなつさんとわたし以外に、戸塚こだま氏、Dr.エスペランザ氏、柾木氏、そして最近になっておいしいピーマン氏が参加してくれた感じです。

半夏生の会」という名前は、半夏生の日(7/2ごろ)に結成されたことに由来するものですが、初見では読み方がわからなかったり、なんだかピンとこない名前だなと思ったりもして、微妙だな〜と思うこともなくはなかったりしたけれども、だんだん慣れてきたし、結成した日をどうしたって忘れないのがいいですね。ともかくも一周年を迎えたので、記念として集会をしました。

各位に「一周年の会をやりませんか」と声をかけた時点では、適当に飲み会でもやればいいかと思っていたのだけど、「せっかくだから年間大賞を決めましょう!」みたいな提案を受けて、たしかにそれもよさそうだななど思いつつ、そのような会になりました。


歌会は通常、オンライン開催となっているのですが、たまにリアル開催をすることもあります。

前回は2017年の10月にリアル回を発生させ、(ちなみに開催日の前日にわたしのツイッターアカウントは凍結されたのですが)その際は新宿の珈琲西武の個室にて行いました。どしゃぶりの雨の日でした。

珈琲西武は4人個室や6人個室など、小さな部屋もあるうえに、店内の様子もレトロでかっこいいし、名物メロンパフェもたいへん大きくて居心地のいい空間です。個室は多少大きな声を出しても問題ないし、歌会のような長時間居座るような場合でも後ろめたさを感じないし、各々の発言も聞き取りやすいし、喫煙者がいる場合なども、周囲に気兼ねなく煙草を吸えるのがいいところです。部屋代こそ少しかかりますが、とてもいいです。オフ会などの利用でも是非みなさまにオススメしたいです。

で、今回も珈琲西武の個室を取ろうと思ったのですが、予約電話を入れたところ、その日は満室とのことで、「うわー、やべえどうしよう」みたいになりつつ、ルノアールの個室なら取れたので、そちらで開催することになりました。

しかしルノアールの個室は12人収容の大きなものとなっており、その時点では参加者が全員きちんと集まったとしても6人しかいない。部屋が大きくあまるうえに、部屋代の割り勘も負担がでかくなってくる…。

そこで見学参加者をtwiplaで募ることにしました。開催当日まで部屋を持て余さないかと不安だったのだけど、怪我の功名というか、最終的には3人が見学として来てくれて、たいへんうれしかったし、「広い部屋でよかった!」となりました。

見学者3人のうち2人は、参加者各位と本当に面識のない「はじめまして」の方で、これは快挙という感じです。


半夏生の会は、いずれも結社や大学短歌会に属したこともない、巷の歌会にも参加したことのない、本当の素人が集まっては作品を発表して、批評しあう会となっています(そういう縛りがあるわけではなく、現時点ではそのようになっています)

今回の年会大賞を選定するうえで、やはりきちんと歌人の方の意見も欲しいということで、工藤吉生さんの「短歌読み屋」を利用させていただきました。

以前から利用してみたいとは思っていて、前回のリアル会のときも評をいただこうかと思っていたのですが、ちょうどそのタイミングでわたしのツイッターアカウントが凍結されてDMが送れなくなり、見送ったみたいな経緯があります。

今回の一周年会当日まで、工藤さんに選評をいただいていることは、参加者各位に秘密にしておいたのですが、当日に「歌人の工藤吉生さんから選評をいただいています」と発表したときは、「おおっ」と良い反応でした(この時点では、まだ短歌研究新人賞は発表されていませんでしたが、後日工藤吉生さんの受賞が発表され、さらに「おおっ」がありました)

そして評の内容についても、「こんな読み方があるのか」といった驚きがあり、より議論に広がりが出て、たいへん白熱しましたし、良かったです。


ルノアールの個室は3時間取っており、時間が余るかもしれないなと思っていましたが、結局時間いっぱいを使いつつ、大賞・次席・佳作と三賞を決定して、お開きとなりました。

ちなみに、大賞 シロソウスキー、次席 シロソウスキー、佳作 戸塚こだま氏となりました。なんか手前味噌ですまん。


そのあとは懇親会ということで、中華料理屋で飲んで、焼鳥屋で飲んで、ハブで飲んで、解散となりました。ずいぶんハシゴしてるな。

わたし個人としては、開催までなにかと不安だったりしたので、打ち上げ的にけっこうグイグイ飲みましたが、さいごのハブの時点でもまだ当日用意したレジュメを参照しながら短歌の話をする程度にはハッキリしていて、いい感じでした。


さて、今回見学でご参加いただいた各位にも、「気が向いたら作品送ってくださいね」的に声をかけつつ、実際に投稿をいただいたりとかしています。

開始初年度については、まだ手探りなところも多くあり、ひっそりと、あまり広げることなくやっていましたが、そろそろ少しづつ参加者を募ってもいい頃かなと思っているところです。

もしよろしければ、あなたの作品をお送りください。


締切は毎月15日、わたしのツイッターにDMでご投稿ください。LINEでもOKです。
(DMはフォロー外からも送れるようになっています)

歌会の内容や作品は、基本的に参加者以外非公開とさせていただきますので、歌壇投稿を前にこの場に出して反応を見るとかいうような使い方もできます。

よろしくおねがいします。

HIV検査を受けてきた話

HIV検査を受けてきた。

自分の人生、あまりそんな性に対して活発じゃなかったというか、異性とはじめて性交したのも30を超えてからだったし、どちらかといえばそこまで心配することない部類なのかもしれないのだけれど、やはり不安は不安だし、生きていると、なんかいきなり性交する機会が生じたりして、そのとき決まって「自分がHIVウイルス保有者だったら相手に伝染ってるんだよな~」とか思って、不安感というか後ろめたさみたいなものを感じていたし、どうせ無料で検査が受けられるのであれば、受けてみるに越したことはないなと思ったので。

こういった検査のたぐいは、基本的に平日しかやっていないイメージだったし、実際に平日実施が多いのだけれど、自分が住んでいる中野区では、日曜でも検査をやっていることがあって、それならばという感じで検査を予約した。

そうした検査の日曜実施を知ったのも、中野区報に検査のお知らせが載っていたからで、区報も読まずに捨てるのではなく、なんとなくでも目を通しておくものだ。

区報には、「電話(視覚障害者の方はFAX)での予約を受け付けております」とあり、ネットなどでの予約は受け付けていなかった。自分は電話をすること自体が苦手で、ダイヤルを回すのにも相当な勇気が必要で、それもいままで検査を受けてこなかった理由のひとつだったりするんだけど、実際に予約ダイヤル(検査委託先NPOの予約専用電話)にかけてみると、そこはきちんと専門機関といった感じで、こちらは一切戸惑うこともなくスムーズに予約ができて、なんだか拍子抜けしてしまったし、検査当日への不安も薄らいでいった。

匿名検査が徹底されているため、こちらは名乗る必要がなく、予約の際には、こちらの電話番号のみを伝えることになる。 そこで予約番号が発行されるので、それを控えておいて、当日の受付でその番号を伝えて、検査に案内される流れになる。

さて、検査当日である。

事前に電話で案内されていたとおり、保健所の1階に受付があるので、そこで予約番号を告げて、問診票と検査案内を受け取り、待合室で問診票に記入しつつ、順番を待つこととなる。

待合室ではHIVエイズ啓発のビデオが結構でかい音で流されていて、否が応でも耳に入ってくる。 問診票を記入したあとは本を読んで順番を待とうと思ったので、テレビから少し離れている場所のベンチに腰掛けたが、それでも音声が聞こえてきて本にはあまり集中できなかった。

「受付番号○○番の方」と呼ばれたので、「はい」と返事してそちらに行く。まずは個室に通され、そこで問診票を手渡し、内容に記入漏れなどがないか確認を受けつつ、きょう一日の検査の流れについて説明を受けた。 最初に受付で渡された紙に当日の検査の流れが書いてあったので、その内容を繰り返し説明される形となり、丁寧だと思った。 最後には、「ここまでで質問はありますか」と確認があり、「大丈夫です」と答える。 「では採血に案内します」と、採血の順番待ちの椅子に案内された。

順番待ちの椅子からは、でかい音量で流されている啓発ビデオが見えた。 HIVに感染し、現在は投薬で症状を抑えつつ生活している人のインタビューが流れている。 「21のとき知り合った人と2~3回会う機会があり、その後気になって検査を受けたら陽性だった」という内容で、若き日の2~3回の行為がHIV感染につながると思うと、やけにリアルで理不尽な気もしたし、そうなると自分だって感染の可能性がまったく否定できないなと思えて、なんだかひどく不安になった。本を読むのはもう無理だなと思い、ただただ啓発ビデオを眺めた。

よくある血液検査の感じで、試験管みたいなやつに血液をとる。普通の採血だ。

そして、ここから検査結果が出るまで待合室で待ち続ける。その間やはりでかい音で流れる啓発ビデオを見て、不安感を煽られる。テレビの横には洗面台があり、そこにはアルコール消毒ジェルが置いてあって、いま手を消毒したところで(もし感染していたとして)HIVを防ぐことなんて絶対にできないのだけれど、なんでもいいから、とりあえず手指でも消毒したい衝動に駆られる。

待合室にはセーラームーンが「検査しないと おしおきよ!!」と言っているSTI性感染症)・HIV検査推進パンフレットが掲示されている。セーラームーンに性病やHIVのことを言われるのは、なんだか妙な感慨がある。検査しなかったら、どんなお仕置きが待っているというのだろう。

啓発ビデオも何周かループし、HIVエイズへの理解がじゅうぶんに深まった頃に、結果発表に呼ばれる。

個室に通されて、長机越しにスタッフの人と向かい合う。 「今回の検査はスクリーニング検査というもので、"陽性の疑い"があるかどうかを調べるものとなっています。仮にここで疑いありとなった場合は精密検査に回され、後日再検査を受けていただくかたちとなります。ここで疑いありとなっても、実際に感染しているかどうかは断言できず、○○人のうち3人は、精密検査の結果陰性となります」。○○人のうち3人はけっこう少ないな、と思った。

スタッフの人は給与明細に似た感じの、封のされた茶封筒を取り出し、「このなかに検査結果が入っています」と言う。「受付番号は封筒のものとお間違いないですか」いま一度確認が行われる。「それでは開封します」はさみを取り出す。スタッフの人ははさみで封筒のはじをザクザク開く。封筒から検査結果が取り出される。三つ折りになった検査結果がひらかれる。「今回の検査では陰性ということになりました」。陰性おめでとうございます、ぐらいのことが言われるのかと思ったけど、そういうわけでもなかった。

「前回の気になる出来事から1ヶ月以内ということですね」「はい」「HIVというのは1ヶ月、2ヶ月と潜伏期間になる場合があり、検出できるようになるまでは個人差がありますが、3ヶ月後以降だと確実に検出できるようになります。1ヶ月以内だと…、10月の検査がよろしいですね。もし気になるようであれば、また検査されるといいかと思います」「はい」。

血液や精液が粘膜に長時間とどまることでリスクが高まるため、そのような状況となってしまった場合は、事後におしっこをして尿道から排出する、排便したり腸内を洗浄したりする、口腔内をうがいする(喉うがいまでしてしまうと、ウイルスが逆に中に入ってしまうのでよくないらしい)。そんなことでリスクが下げられるんかいな、と思ってしまった。

そして最後に本日の検査に関するアンケートと、採血時の止血用絆創膏を受付で回収されて終了である。採血して結果を待っているだけなのだけど、どっと疲れた。すこし傾きかけた太陽の光が、やけにぬるく感じた。

みんなも受けよう、HIV検査! なぜなら、セーラームーンもそう言っている。

フルーツポンチ

小学校のとき、学校便り(親に渡すプリント)に「子供たちに人気の給食メニュー」みたいなアンケート結果が載ってくることがあって、そのとき毎回フルーツポンチが上位にランクインしていたのだけど、フルーツポンチってそんなに好きじゃなかったな。

フルーツポンチ、給食のなかの汁物を担当する位置に来るんだけど、缶詰のくだものと白玉が甘い汁に浸かってて、それをパン食べつつ飲むのがなんかいやだったし、そもそも缶詰の果物がそんな好きでもなかった。甘すぎる。

小学5年生ぐらいのときに、「リクエスト給食」という企画があって、好きなメニューをリクエストできて、そこでリクエスト数の多かったものを一日の献立に盛り込むという夢のような企画で、その結果やはり給食にはフルーツポンチが出た。なんなんだ、本当に。みんなそんなに缶詰のくだもの食いたいかよ。パン食べながら。

ちなみにそのリクエスト給食用のアンケートは自分のところにも回ってきて、わたしはそこに「おひたし」と書いた。おひたしとは、白菜のおひたしのことなんだけど、献立にはいつも「おひたし」とだけ書かれていた。おかずに煮豆が出るとき、なぜか一緒に献立として登場することが多かった。薄味なのだが、いっしょに和えてあるかつお節の風味が良く、食べ飽きない味だった。

でもたぶん、そういうことじゃなかったんだと思う。

そこは素直に反省するが、フルーツポンチのことは、認めません。

くも

お久しぶりです。 世の中はすっかり春めいてきて、仕事から家に帰って、靴下を脱いで、床に足が触れたときの冷たさが心地よくなってきました。季節は足元からやってくるものなのですね。

桜もこの文章を書いている時点でほぼピーク*1となっており、燃え上がるような桜を見ていると、「うわー」という気持ちになります。

桜が歌詞に登場するJ-POPって、だいたい別れをテーマにしているけど、桜が咲くのって、新学期始まるぐらいの時期だし、別れと桜をリンクさせるのって、なんか変じゃないかな? と思っていましたが、それは自分の地元が寒冷地で桜が咲き始める時期が遅いからそう思っていただけであって、地域によってはちゃんと卒業シーズンにいい感じに咲くんですね。当たり前の話かな。 でもJ-POP聴く人がみんな温暖な場所に住んでいるわけじゃないんだから、やはり違和感があってもしょうがない。曲のタイトルに「東京」だの「柳ヶ瀬」だの、「奥飛騨」だの付けてほしいものです。 あのピチカートファイブですら、「モナムール東京」と東京にいることを主張したではないか。capsuleに至ってはさらに細かく「ウダガワフライデー」と言っている。両者とも地名など言わずとも、現在地が東京・渋谷であることがわかる存在だというのに。それに引き換えきみたちは…。

さて、そのように春といえば別れの季節とも言われますが、やはりわたくしも春のせいか、別れがずんずんと膨らんできて、いつのまにか取り込まれてしまいました。

どこからか入ってきたのか、もしくは最初から部屋のなかにいたのかはわからないのだけれど、いまの住居に引っ越して来てからずっと部屋のなかに1匹のクモがいました。

最初はシャワーを浴びていたときに現れたので、シャワーの湯を当てて流してやろうかなどと思いかけたのですが、クモは害虫を食べてくれるという話があるし、よほど人間に危害を及ぼす毒グモとかでない限り、排除する必要もないなと思い直して、湯が当たらないように気をつけてシャワーを浴びつつ、とりあえずどこかへいくのを待つことにしました。

クモはそれからもたまに姿を現します。壁ぎわとか、洗面台とか、流しのあたりとか、スプレー缶の陰だとか、たまに姿を見ました。 そうしてしばらく姿を見ていると、何だか愛着が湧いてきて、「ちゃんと虫食ってるか〜、オイ」みたいな感じというか、全自動殺虫マシーンでもあり、ペットでもあり、友達でもあり、同居人でもあるような感覚になっていました。

クモも最初に現れてから1年以上経って、なんとなくでかくなってきました。夜、部屋の電気を消して暗いなかモニターに向かって作業をしていると、モニターの明るさに誘われてきたのか、クモがモニターに張り付いています。ポインタをクモのまわりで動かしてみると、それを虫かと思ってクモが捕えにいきます。ねこをネコジャラシで遊ばせるような感覚で、クモと遊びました。

ある日、クモは足ふきマットの上に乗っていて、「クモちゃん、そんなとこにいたら危ないよ〜」と呼びかけました。クモはふだん、人の目が届きにくい、あまり踏まれないような、壁ぎわだとか物陰にいることが多いので、そんな場所にいることは珍しいことでした。

そのあとも、なぜか自分の目の届くところに姿を表すことが多くなり、たとえばベッドのまくらの上だとか、普段使っているリュックの上だとか、自分が座っているすぐ横の床だとかにいることが増えて、「どうしたの、危ないよ」という感じのことが増えて、それと同時に愛着もひとしおといったところでした。

しかし、その直後からクモが一切わたしの目の前に姿を現さなくなってしまったのです。

どうしたんだろう、ここ最近見ないな…。と思い続けていたのだけれど、その期間がだんだんと長くなり、徐々に「いなくなってしまったのか」と思い始め、しかしながら姿をしばらく見せないこともけして珍しいことではなかったので、「いや、どこかにいるのでは…」と思いつつも、よく姿を見せていた直後にトンと見なくなった状況から、「ひょっとしてクモはお別れのあいさつのため、自分の前に姿を現していたのではないか」と疑い始めました。

そうだとしたら、自分はクモのその行動を、いつまでもお別れのあいさつだと理解できずに、ただ眺めていたことになるし、クモとしても寂しいことだっただろう。そのような自責があふれてきます。

仕事から帰ると、まず部屋のなかにクモがいないか探す。 ある日床を見ると黒くて小さな点があり、「クモちゃん!」としゃがみ込みました。糸くずでした。

クモがいない部屋は、なんとなくガランとしていて広すぎる。こんなに広い部屋だっただろうか。あんなに小さなクモでもこんなに大きかったんだな、とベッドに横になったときいつも思う。クモに戻ってきてほしい。寂しい。しかしそうして、初夏の陽気はやってきます。

*1:記事を書いた時期と、発表した時期に2週間ほどズレがあります