silossowski

こんにちは

逆児市

19〜20歳ぐらいの約1年間を逆児市で過ごした。

大学の授業料が払えなくなった自分は、休学して働かなければいけない状況に追い込まれて、そこでまあ色々あって逆児市で働くことになった。

逆児市は地元と同一県内ではあるのだけれど、距離的には高速で2時間程度はかかるし、言葉も気候も全然違ったりして、まったく馴染みのない、文化の異なる街という感じだ。

逆児市ではほとんど休まず毎日長時間働くことになって、長時間働くだけでなく、なぜか「店長代理」みたいな立場に据えられて(所詮休学中の大学生なのにね)、そこで色々なトラブルに見舞われて、クレームにさらされて、警察が絡むようなこともあって、本当にキツい思いをしたし、もう本当にわけがわからなくなって、人を信じることができなくなって、惨めになって、死ぬしかないのかなと思ったこともあったし、あの日々さえなければ、今の自分はもっとマトモに人並みに生きられたんじゃないかなと思ったりもする。アルコール依存になったのもその時からだ。しなくてもいい苦労は存在する。

今回の本題はそこではなく、逆児での生活についてだ。

逆児という土地は、名古屋や岐阜のベッドタウン的な機能を持っていて、広い道路が通っていて、工業関係の事業所なんかもあって、トラックがいっぱい走っていたりして、首都圏で言うところの神奈川や千葉の、道路が広くて工業が盛んでベッドタウンになっている任意の土地を想像していただくと、だいたいそんな感じだと思われる。

要するに、柄悪くてヤンキーが多い土地なんだけど。

トヨタの下請け工場で働く出稼ぎブラジル人も多く、逆児に住む日本人たちはそれを「ブラジー」と蔑称風に呼んで、なんとなく差別している様子だった。

ブラジル人たちは派手好きで、服装や髪型もバッチリキメて、クライスラー300Cやジャガーといった、とにかく派手で厳ついクルマを好んでいた。派手好きは土地のヤンキー文化にも呼応するところがあって、ヤンキーもやはり派手なクルマに乗るので、街なかは毎日モーターショーかよというほどに派手なクルマばかりが走り、スーパーの駐車場でHUMMER、ダッジジャガー、ムーヴカスタム(ハイビスカスやUFOキャッチャー景品のぬいぐるみが車内に満載)、ベンツなんかが並んでいる光景は壮観だった。

橋から川のほうを見ると、スイーッ…とヌートリアが泳いでいるのが見え、なんとも逆児市っぽい光景だった。

駅は一応2線あるのだけど、乗換客はそこまで多くはなく、駅もひっそりとしており、それでも夜にはちょっとイキった感じの中学生がカラーギャング風ヤンキージャージを着てたむろしていた。

下校時、駅前に女子高生たちで溜まっていたら、「注〜目、オレ ◯◯(割とヒットした昼ドラ)っていうドラマ出てたんだけど、おれのサインいる人〜?」みたいに入ってきた若い男がいたらしい。女子高生たちは当然ながらサインを求めるでもなくポカンとしてしまったのだけど、そしたら男は「なんだ、つまんねえの」と言ってどこかへ行ってしまったという。

どうしようもない地方のベッドタウン。
でも、そんなどうしようもない街でも、楽しみを見つけることはできた。

毎日昼から深夜2時過ぎぐらいまで働くのだけど、昼の出勤前にブックオフに寄るのだ。 そこでなんとなく読みはじめたのは『なるたる』だったのだけれど、毎日それ以外に楽しみがない自分にとっては最高に楽しく、絵の白さもあまり気にならないレベルに没頭した。いや冗談です。名作ですね。

毎日1冊買っては読んで、また買っては読んでを繰り返した。

あと、深夜の勤務終了後にはネカフェに行った。家にはネット環境がなくて、インターネットに飢えていた。 スマホは当然存在しない時代の話で、iモードはあったにはあったけど、インターネットの代替たり得るものではなかったし。

ネカフェまでの道の途中に24時間営業のスーパーがあったので、そこでジョニーウォーカー赤を買って持ち込むのが楽しみだった。 ネカフェのドリンクバーでコーラを汲んできて、ジョニーウォーカーを割るのである。

そしてそのときたまたま、本当に偶然、gyaoなるたるのアニメ版が無料配信されていたので、「これは運命だ」と思いながら、なるたるの配信を見るためにネカフェに通ったのだった。のりおの声が太すぎると思った。

毎日働き詰めだったけど、半年ぐらい経ったあたりで、仕事が暇なときは半休させてもらう機会も出てきた。

半休して外に出て、久しぶりに見た深夜ではない夜の風景は、いろんな店の看板がキラキラしていて、クルマも多く走っていて、そのヘッドライトすらキラキラ輝いて見えた。はしゃいだ。

どこかで酒を、と思った。

ブラブラしていると、なんか古民家を改造した感じの、なんともソソる外観の店を発見した。

はじめての店はあまり入る勇気がない方なのだけど、なんだか気が大きくなっていたのか、それとも外観にソソられまくっていたのか、その店に入った。

ガガガ…、と古い民家の引き戸らしい音を立てて開いた店内は、薄暗く、照明はランプのみで、豆ストーブなんかが置かれていて、JBLのスピーカーからジャズが大音量で流れていて、土間に設置された席はそれぞれ仕切られていて半個室風になっていて、そのテーブルや椅子もアンティーク家具で、自分が座った一人用の席は古い学習机がテーブルとして使われていて、なんだかとにかく良いのだ。

酒場にひとりで行くと、店員や客が話しかけてくることが多いのだけれど、あれが苦手で、こういう店は最高だという気分だ。
クリームチーズの醤油漬けでカンパリビアを飲むのが好きだった。

そんな楽しみをつくりながらも、やはり日々は辛く、とにかくアタマが狂いそうだった。

道端にどう見てもオナホールにしか見えないものが落ちていて、砂にまみれていた。
わたしはそれを拾って、薬局の前の小さな自販機に売ってあるコンドームを買って河川敷の公園にいった。

そこでさらに人目につかなそうな、橋の下の川べりの方に腰を下ろして、暗闇で苦労しながらコンドームを装着し、砂まみれのオナホールに挿入した。
ぜんぜん滑らず、自販機売りのコンドームにはローションがついていないことを初めて知った。滑らないのでコンドームがいつの間にか破れていた。もうどうでもよくなって、そのまま砂まみれで射精した。精液は公園の遊具に塗った。オナホールはその時捨てたけど、川沿いの公園で射精して精液を遊具に塗るのは、その後も3〜4回ぐらいやったと思う。


一年の休学を経て、わたしは大学に復学した。

地獄のような日々から学生に戻れた自分にとって、大学生活は本当にこの上ない喜びに満ちたものだったし、真剣に勉強するようになった。それに引っ越しもした。より勉学に集中できる環境に身を置きたかったため、大学からより近い、静かな場所に引っ越したのだ。

ただやはり、地獄のような日々の辛かった思い出がいつもこみ上げてきて、それを打ち消すために毎日意識がなくなるまで酒を飲んでいた。アルコール依存になってしまったのは、休学前とは大きく違うところだ。

復学して、しばらくしたある日、「そういえば、いつも行っていたあの店にまた行きたいな。あの街には辛い思い出ばかりだけど、あの店だけはまた行きたい」と思った。

googleで店名を検索した。店のホームページは出てこない。かわりにニュース記事が出てきた。

「逆児市██ N丁目の店舗から出火し…」「全焼」「漏電が原因とみられ…」

「あの街にもう一度行ってみるか」という思いもここでおしまい。
街から「もう来なくてもいいんだよ」と言われた気がした。

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